ガラリと教室の扉が開き、少女が二人、廊下へと出てくる。
 鈍い紺一色のジャージはズボンに二本、縦に白線が引かれている。
 一人は肩口まで伸びた髪を両手で後ろ手にすくい上げると、口にくわえていた黒い髪ゴムを片手でもって髪をまとめていく。
 もう一人はまとめた髪を頭頂に向かって這わせ、黒い髪留めで留めている。
 歩いていく廊下の先、別の教室の扉が開き、少女達が数人出てくる。
 その内の二人が歩いてくる二人に気付くと、
「ちょうどじゃん。一緒に行こー」
「そだねー」
 見知った四人、並んで歩くには狭い廊下を二人ずつに分かれて歩く。
「あーめんどいよー。この寒い中体育なんてやる気おきないよー」
 よろよろとやる気なさげに歩く天梨に、
「まぁ気持ちはわかるけどね。でも今日は室内らしいから。外よりはマシだと思っておこうよ」
「そうですわね。室内でしたらマラソンという事もないでしょうから」
 千華と詩羽がフォローを入れ、
「・・・シャトルランとかあるのかしらね」
 妃がオトす。
「うぐぁー。いーやーじゃー」
 呻きながら悶える天梨に、更に前を歩いていた少女達の一人が振り向き、
「あ、トミーが言ってたけど、今日は男子の体育を見学らしいよー」
「うっそ、まっじっで!?」
 頭を押さえていた両手を上に広げて驚きを表現すると、
「・・・ふっふっふっ」
 一転して俯き加減に不敵な笑みを浮かべる。
「・・・気持ち悪いわ、それ」
「ストレートだね!?でもめげない!」
 つっこんで一息おくと、
「今日はリベンジをするよ!」
 ポケットをまさぐり、大量の紙片を見せつける。
「?その紙でリベンジですの?」
「そう!忘れちゃいけないよ、あの秋の秘密投票を!」
「秋・・・あぁ、男子のやってた人気投票の話?」
 大量の紙片をポケットにしまい込むと、その手指でパチンと鳴ら、、、ないので指を突きつけ、
「そう人気投票!女子を肴に博打するその所業、まさに悪行と言わざるを得ない!」
 歩行を止めてビシっとポーズを取って空を見上げるが、皆がそのまま歩いて先へ行ってしまうため、
「うわぁん、待ってよー」
 小さく半べそで追いかける。
 すぐに追いつくと高かったテンションを戻し、
「そんな訳で、あたし達も負けじと秘密人気投票をしようと思うんだー」
「・・・自らもその悪行に足を踏み入れるって訳ね」
「ううううるさいなぁ。だって面白そうじゃん」
「あまり関心できる内容ではないですわ、あーちゃん・・・」
「ううっ」
 否定的な妃と詩羽にタジタジしつつ、
「でもさっ、でもでも!普通に文化祭とかでやってるじゃん、投票。それと一緒だよ」
「まぁうちもやってるよね、学年問わずの学校ミスコン」
「でしょ?だからさ、その前哨戦ってことで男子の人気っぷりを暴いてやろうって魂胆よ、ふふふふ」
「でもペン、誰も持ってきてないよ?」
 すると反対のポケットをまさぐり、
「ふっふっふ、そちらも抜かりなく」
 小さく削った鉛筆を数本、チラリと見せる。
「・・・こんな時だけ用意がいいのね」
「こんなときだからだよーだ」
 チロリと舌を出して、
「ささっ、とりあえず片っ端から渡しちゃうから、受け取って受け取って」
 三人に手渡される紙片。
 次いで前を行く女生徒の集団にも飛び込み、紙を渡していく天梨を後目に、半分に折られたその紙片を開く。
 すると上段には『素敵男子は誰だ!?』と書かれ、中央には丸数字と空欄が二つ並んでいる。
 下段には小さく『一位三ポイント、二位一ポイント』とあり、最下段には太字で『男子に見せないように書いたら綿楯野まで』となっている。
 各々紙片を開き、
「おぉ、凝ってるねぇ」
「これはコピーなのでしょうか」
「・・・無駄ね」
 三者三様の反応を見せる。
 やがて配り終えて戻ってきた天梨が、
「残りは体育館でかなぁ。・・・じゃ、はい」
 ついっと鉛筆を差し出す。
「・・・何かしら」
「書いてよさくっと。どうせ妃は決まってるんだし。はい、千華もね」
「え、わたしも?」
「そだよー。大体君たち二人は固定の名前しか入らんのだからさっさと書いてくれればいいのだよ」
 鉛筆を渡しつつ、歩きながら胸を反らす。
「・・・・・・」
 千華と妃は顔を見合わせ、再び紙片に目をやる。
「あーちゃん、わたくしはどのようにすれば?」
「あっ、とー、しーちゃんは好きなっていうのは選ぶの難しいだろうから、最近見かけるとかちょっと気になるとかって男子を書いてくれればいいよー」
「はぁ・・・気になる・・・」
「そそ。まぁあまり考えすぎないで頭に浮かんだ人を書けばオッケーだよ」
「そうですか・・・ではやはり月理君ですわね」
「ま、そうくるよね。でさ。二番目は?その次くらいに気になる人!」
「うーん・・・そういわれましても・・・あ」
「お、いた?」
「えぇ。三年の朝開さんですわ」
「おぉ、サッカー部キャプテン!いいねいいね、どうしてどうして!?」
「昨日、今日のサッカー部さんの打ち上げについてお話をしたからですわ」
「わお実務的ー」
 投げたように適当なツッコミを入れていると、
「・・・ん」
「およ。なに、歩きながらもう書いたの?」
 妃から鉛筆と紙片を受け取る。
「匿名性を考慮して紙は開かずしまいます」
 機械が発するような事務的な声で紙片をポケットにしまうと、
「で、で。誰に入れたの?」
 うきうきと絡み出す。
「・・・ご察しの通りよ」
「あぁつっきーかぁ。うんうん、そだよねぇ。・・・ま、それはともかく・・・二位は?」
「・・・無いわ」
「え!該当無し?ちょっとは考えてみてよー。少しはいるでしょう、目に入る男子が、、、」
「いないわ」
 言い掛けた言葉をピシャリと遮る。
「ふーむ、さすがつきりんマイスター。投票も漢らしい・・・。んじゃ千華は?やっぱつっきー?」
「え、うーんどうかなー。ちょっと考えてみるよ」
「お、いいねいいねその青春。考えたまえ考えたまえ」
「・・・・・・」
 無言で視線を向ける妃には目を合わせず、千華は歩きながら紙片をぼんやりと眺めていた。

 ピッ。
 ホイッスルが鳴り、手のひらに余る程度のボールが投げられる。
 合わせて生徒達がバラバラと走り始め、白線のコート外からは少女達の歓声が響く。
 見回しても教師らしき人物は見当たらず。試合の審判も選手同様に生徒のようだ。
 歓声はゴールに近づく度に大きくなり、
「きゃー、碧くんー!」
 パスを受け、ボールを持って前進する男子生徒にとびきりの歓声が沸き上がる。
 それを興奮気味にみる天梨は、
「おー!碧君さっすが!いっけー!」
 我を忘れたように歓声をあげて、
「・・・あり?ちょっと、妃ー。ほら自分トコの男子が頑張ってるんだから応援しなよー」
「・・・・・・」
 妃はいつの間にか持たされていたタンバリンを、ただ惰性のように持った手と逆手でぱむぱむと叩く。
「扱い悪っ!こら妃!やるならちゃんとやらないと!」
「・・・ダルいわ」
 気を使ったのか気持ち小声で、しかし表情はガッチリ拒否感のそれで反応する妃。
「うもー。千華はまーた没頭してるし、妃はこんなんだし・・・せめてしーちゃん!」
 懇願するような声と共に、隣で声援をあげているはずの詩羽に振り向くと、
「っていないしー!どこ行ったしーちゃん!」
 ババッと後方を見回すとコートから離れた出入り口付近、複数名の女生徒と何やら話をしている姿が見つかる。
「うーん・・・あ、料理部か。む、丁度いっか。・・・妃ー、ちょっと野暮用思いついたからちょっと出るねー。応援よろしくー」
 歩き出した天梨をチラリと見やり、ぱむぱむと怠惰に叩く。
 正面に向き直ると、パスを受け取った男子生徒が敵陣のゴールに迫っていくところで、両手を挙げて阻む相手を左右に身体を揺らして隙間を作り、
「・・・!」
 左足を踏み出してその隙間へ大きく飛翔し、振りかぶった右腕をゴールに向かって振り下ろす。
 ボールはキーパーの手前で鋭く地面を跳ね返り、阻まんとする手足をすり抜けてゴールネットを揺らす。
 高らかに鳴り響いたホイッスルは歓声を呼び、
「きゃー藤宮くんー」
「かっこいー!」
 コートの白線沿いで座っていた女生徒達が頻りに嬌声をあげる。
 コート中央へ戻っていくその男子生徒は、寄ってくる味方の生徒とタッチしながら笑顔を見せ、
「・・・・・・」
 呆然としながら追い続ける妃の視線に気付き、少し照れくさそうに鼻頭をかくと、
「・・・・・・」
「・・・!」
 子細に見ていてもわかるかどうか。
 走って均一に振っている腕を気持ち大きく振り上げ、少しだけ視線を合わせる。
 それはすぐにわからなくなり、自陣へと戻った男子生徒は直後に鳴り響いたホイッスルでまた躍動し始める。
「・・・・・・」
 妃は自失したようにしかし目は釘付けのまま、ぱむぱむと力なく楽器を叩く。
 そうして、
「・・・あなたはいつまでそうしているの」
 ポツリと呟く。
 歓声にかき消えるその言葉は誰の反応も引き出さず、ただ、
「・・・そう。でも私は迷わないわ」
 重ねた言葉が重りのように沈み込む。
 すぐ側。
 膝を抱えるように座り、ポケット辞書のような書籍を開いていた千華は微動だにしない。
 試合の喧騒にあって切り取られた別世界のような静けさが二人を包む。
 やがて試合は終わりを告げる。
 開かれた書籍は、ただの一度もめくられることはなかった。
 
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