歩き通して数分、少し遠くに見慣れたガラス張りの建物が見えてくる。
「笑乃さんいるかな?」
「お昼くらいには帰ってくるって言ってたから、もうお店にいるんじゃないかなー」
「それじゃ笑乃さんも一緒にお昼だね」
「うん、お母さん喜ぶよー、きっと」
 建物のすぐそばまでたどり着く。
 手入れの行き届いているであろう清潔感のある木壁に、
「あれっ!?あの飾り、朝無かったよね?」
「うん。たぶんお母さんが付けたんだねー」
 やや突き出した木造の天井からは、煌びやかな銀色のチェーンが等間隔に数本吊されている。
 ガラス窓の半分まで垂れ下がったそれは、先端には星、中間には月の銀細工を宿している。
 別のチェーンには垂れた耳の動物が、更に別のチェーンにはたてがみを生やした動物を模したシルエットの銀細工がそれぞれ宿り、ゆるやかに流れてくる風にその身を揺らしている。
「あ、あの子ののとかと同じ、垂れ耳の子でしょ」
「そうだねー。あっちはライオンさんかな」
「・・・ライオンヘッドのこと?」
「そうそう」
 すると建物の少し奥にある扉が開く。
 妙齢の女性は、千華達が見ていた銀細工を手に持ち、一歩踏み出して、
「おかーさん」
 唯理の軽妙な声に振り向き、
「あら!おかえり!千華ちゃんと妃ちゃんも、おかえりなさい!」
 にっこりと満面の笑みで帰還を歓待する。
「ただいま、笑乃さん」
「・・・ただいま」
「うん。・・・あ、今ね、クリスマス向けの飾り付けしてるところなのよー」
「素敵ですね、この飾り!」
「・・・とても綺麗」
 言いながら手に持っていた鞄を壁に置き、女性に近づいていく。
「ありがとう。今日仕入れてきたやつで、特注品なのよー」
 喜々として話す女性は手元の銀細工を少し広げながら、
「でもどこに飾ろうか迷っててね。結局ここにしちゃったのよー。どう、いいかしら?」
「良いと思うよ」
 唯理の言葉に二人は頷き、
「笑乃さん」
「ん?」
「飾り付け、お手伝いするね」
「あら、いいの?」
「・・・もちろんです」
「それじゃお願いしちゃおうかしら」
 女性、藤宮笑乃は持っていた銀細工を柔らかく、千華に手渡す。
「お母さん、あとはこの子達だけ?」
「そうよー。それで、」
 建物の扉を挟んだ先のガラス壁を指差し、
「あっちはイラストシールをお店の中から貼るのよ。それも仕入れてきてるわよー」
「わっ、見たい見たい」
 既に飾られた銀細工の横、登って立ち上がれば屋根まで届きそうな脚立が鎮座している。
 先に近づいていった妃は脚立の真下に立ち、左右の手でそれぞれ脚立を押さえつける。
 その脚立の階段に、千華が軽快に、慎重に、足をかけていく。
 すぐに最上段あたりまでたどり着くと、先んじて吊されている銀細工の接合部分を見て、
「これ、雨樋に固定しちゃって大丈夫ですかー?」
「うん、大丈夫よ。ばっちり引っかけちゃって!」
 頷く代わりに、吊されている間隔を見ながら同じような間隔で、手元の銀細工の先端にあるフックを雨樋に掛ける。
「間隔、このぐらいで大丈夫かなー?」
 数歩引いた位置で見守っていた藤宮親子は、
「うん、バッチリだよー」
「いいわね。オッケーよ」
 思い思いに賛同の声をあげる。
 それを聞いた千華は、両手で持っていた銀細工を、先端からゆっくりと垂らしていく。
 キラキラと光りながら垂れていくそれを皆で見やっていると、
「えっ!?」
 びくっと千華が震える。
「・・・ちょっと千華、危ないわ」
「あ、ごめん。でもこれ・・・」
 手元から垂らしていく銀細工の中、
「これ、一升瓶だ」
 垂らし終え、脚立から後ろ向きで慎重に降りてくる。
 そして地に足をつけると、今しがた自身で垂らした銀細工を指差し、
「笑乃さん!今のこれ日本酒のやつだよね!?」
「そうよー」
 その反応を喜ぶように満面の笑みを浮かべると、
「折角のご近所さんだからね。雪下酒造さんも強制参加です」
 えへんと胸を張る。
「素敵!もちろん参加で!」
 諸手をあげて喜び、風を受けて煌めく銀の一升瓶を眺める千華。
 妃は押さえていた脚立の足を閉じて横倒しに持つと、
「・・・脚立、奥の倉庫でいいですよね」
「そうね。あ、まだ使う予定あるから立てかけておいてくれればいいわよー」
 コクリと頷き、建物の脇に入っていく。
 引いた位置にいた唯理は建物まで近づくと、置いてある鞄を手にして、
「お母さん、わたしイラストシール見たいなぁ。どんなやつ?」
「もちろん、ウチに相応しいものよ。どんなものかは見てのお楽しみ」
 すると妃が空手で戻ってくる。
「さっ、それじゃ中へ入ってお茶でもしましょう。温かい紅茶が出来てるわよー」
『はーい』
 声をハモらせた少女達は建物の入り口まで歩き、扉に手をかけて、
「はい、すとーっぷ」
 笑乃の声で動きを止める。
「こら娘達。帰ってきたらまずやることがあるでしょう?」
 得意げに言うと、両手を前に広げる。
 するとすぐに千華と妃が近づいていき、
「ただいま、笑乃さん」
 一歩先んじた千華が、広げた両手にすっぽりと収まるように抱きつく。
「はい、おかえりなさい」
 顔を見合わせて笑顔を交わし、ゆっくりと離れる。
 入れ替わるように妃も抱きつき、
「・・・ただいま」
「おかえり、妃ちゃん」
 ぎゅっと抱き合うと、そのまま顔を見合わせ、
「ちょっと痩せたかしらね。ご飯食べてる?」
「・・・なんとか」
 お互いに苦笑し、身体を離す。
 するとカランと軽やかな鐘の音が鳴り、唯理が建物の扉を開いていて、
「さっ、入ってお茶しよー」
 皆を促すように声をかける。
『・・・・・・』
 唯理以外の三人は顔を見合わせ、千華と妃は小さく笑い、笑乃は呆れ顔を見せ、
「こら実の娘」
「ん?なーにお母さん」
「あなたもよ。ほらこっち来なさい」
「えー。いいよわたしはー。それよりほら、早く入ろうよ」
 すると、拒む唯理に近づいていく笑乃。
 距離は数歩。
 すぐに傍までたどり着くと、扉に手をかけている唯理を後ろから優しく抱きしめる。
「唯理、恥ずかしくてもちゃんと挨拶なさい」
 特に抵抗も無く、もじもじと恥ずかしそうに身体を小さくくねらすが、
「うー・・・うん。・・・ただいま、お母さん」
 観念したように身体の力を抜き、抱き込む笑乃の腕に柔らかく片手を掛ける。
「はい、おかえりなさい」
 そう言って、回していた両手を離した笑乃は、
「さっ、中でお昼しながらお茶でもしましょ。入って入ってー」
 今度は促されるまま、少女達は建物の中に吸い込まれていく。
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