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常に備えるお酒について
いつもの通勤路。
いつもの帰り道。
週始まりの憂鬱に、自然と横流れしていく赤提灯へつい眼がいってしまう。
逡巡しつつも思いを馳せるのは自宅に置かれた小さな箱。
扉がガラス状の通電されたその箱には、一升瓶が六本入る。
昨夜追加したものでちょうど満席だ。
時季折々に魅せる無数の酒を前に後込みすることはあれど、その興味から一本、また一本と蓄える数を増やしてしまう。
勿論、それを鑑賞するのではなく手に取るために。
酒瓶を取り出す前。
考えるのはその用途。
食中酒なのか、はたまた単独酒なのか。
夕餉と合わせる酒も自分なりに考えてみる。
昨晩は刺身の盛り合わせに野菜の天ぷらだった。
さっぱりとした味わいには、花薫るような爽やかな酒を合わせる。
花冷えにすることで一層引き締まって鮮やかに感じる。
今晩は青椒肉絲に鮭ハラスの焼きっぱなし。
脂ののったしっかりした味わいには、濃醇でしっとりした酒で調和させる。
開栓前の冷やがあれば思わず小躍りしてしまう。
食から離れた後、心身を落ち着けて呑む酒もまた一選び。
すいすいと呑みすすめるのか、じっくり腰を据えて相対していくのか。
呑み心地よくすすめたいなら爽酒・薫酒を選ぶ。
この時、単独で呑むつもりならあえて冷やにするのも面白い。
肩書き通りの爽やかさや香味を楽しめるのに、あとから滲むように本来の米の味が感じられるようで心地よい。
落ち着いた静かなひと時を求めるなら醇酒は欠かせないだろう。
軽く湯煎してけぶらないぬる燗程度でお猪口に注ぐと、ふくらんだ香りにしとやかで濃密な味わいが舌を這い、いつまでも呑んでいられる気分にさせてくれる。
独り酒をすすめる時、一度は離れた食がまた供となることがよくある。
そんな時は食の濃度に酒の濃度を合わせていく。
淡白な味わいには繊細で艶やかな酒を、濃厚なつまみには濃密である種くせのあるものを。
濃密さでいえば熟酒がそれに該当するが、熟酒と呼ばれるものには何年と寝かせた古酒がよく挙がる。
とろみを効かせるほどに温順に、されど眼が覚めるほどにねっちりと舌を痺らす辛味や甘味。
その独特さを受け入れるには温冷つけずに定番の冷やが好ましい。
そうこうしている間に夜は更けていく。
ふとした眠気に誘われ、明日を慮った時に控えるのは酒ではなく、寝酒ではないだろうか。
ならば就寝準備前の酒、寝前酒があるとありがたいと思ってしまう。
活性させるのではなく沈静させること。
沖へ漕ぎ出すのではなく陸へ接岸すること。
そんなことを考えると自然と酒類は絞られてゆく。
穏やかでありながら、後残りなくすっきりと終わらせる。
手持ちの札にはそれがあるのか。
酒瓶をしまった後。
ガラス越しに覗く酒々は、似通った分だけ自分をすり減らし、満足そうに微笑んだ主を照らし出す。
洒落がきいたものでもなく、奇をてらうでもなく。
ただ欲するがままに手元へ手繰り寄せて注ぎ、杯を傾ける。
そんなものが常に備える酒と言えるのではないだろうか。
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